成熟社会はランドセルの色も自由な時代
未来を生きる子供たちに、どのような力を付けなくてはならないかを述べる前に、これから子供たちが生きる未来(そして現在)はどのような社会なのかを知る必要があります。
20世紀は《成長社会》で、世の中の物事に正解が1つありました。だから、その正解を早く導く力が求められたのです。この時代は【みんな一緒】の時代でした。
ところが、21世紀になり《成熟社会》に突入し、世の中に正解がいくつもあるようになりました。【それぞれ一人一人】の個の時代です。
その違いが分かりやすい例は、ランドセルです。今のお父さん、お母さん世代までのランドセルは、男の子は黒、女の子は赤だったのではないでしょうか?
今はどうでしょう。大手スーパーにいけば24色のランドセルが並んでいます。
そういうことなんです。電話も、一家に1台の黒電話の時代から、一人1台の時代になりました。
今の子供たちはこういう時代を生きていくのです。ですから、私を含め、今の大人が身に付けてきた力とは、別の力が必要だということが分かると思います。
自学めにゅー
自学ノートとは、メニューのある家庭学習です。
メニューがあることで、家庭学習を楽しく、そして、マンネリにならずに続けることができます。
そのメニューを組み合わせることで、内容は無限大とまではいきませんが、毎日違った内容の学習ができます。
私の提案する自学ノートの取り組み方は次の通りです。
《自学ノートの基本ルール》
・毎日見開き2ページ学習する。
・日付、勉強時間、◯日目を書く。
・メニュA・B・Cから1つずつ選ぶ。
・最後に1行感想を書く。
・保護者に1行コメントを書いてもらう。(無理なら、スタンプでもシールでも可)
《自学メニュー》
【A:日記メニュー】
文末こだわり日記
ニュース風日記
ローマ字日記
うそんこ日記 etc.
【B:勉強メニュー】
漢字を使った短文づくり
今日の復習
10回足し算 etc.
【C:おもしろメニュー】
言葉の階段
私の好きな◯◯ベスト5
先生に一言!
物語づくり etc.
書く力をつけるために、必ず日記は書きます。残りは勉強半分、面白いこと半分です。
このCメニューが自学ノートの肝です。
私は、家庭学習は学習の習慣づけだと考えています。
だから、机に向かって集中して何かに取り組むことを大切にしています。
メニューを定期的に変えたり、季節限定メニューを増やしたりすれば、子どもの意欲は更に高まります。
詳しいやり方やメニューについて、ご質問があれば、ぜひコメントいただければと思います。
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自学ノートとは、メニューのある家庭学習です。
メニューがあることで、家庭学習を楽しく、そして、マンネリにならずに続けることができます。
そのメニューを組み合わせることで、内容は無限大とまではいきませんが、毎日違った内容の学習ができます。
私の提案する自学ノートの取り組み方は次の通りです。
《自学ノートの基本ルール》
・毎日見開き2ページ学習する。
・日付、勉強時間、◯日目を書く。
・メニュA・B・Cから1つずつ選ぶ。
・最後に1行感想を書く。
・保護者に1行コメントを書いてもらう。(無理なら、スタンプでもシールでも可)
《自学メニュー》
【A:日記メニュー】
文末こだわり日記
ニュース風日記
ローマ字日記
うそんこ日記 etc.
【B:勉強メニュー】
漢字を使った短文づくり
今日の復習
10回足し算 etc.
【C:おもしろメニュー】
言葉の階段
私の好きな◯◯ベスト5
先生に一言!
物語づくり etc.
書く力をつけるために、必ず日記は書きます。残りは勉強半分、面白いこと半分です。
このCメニューが自学ノートの肝です。
私は、家庭学習は学習の習慣づけだと考えています。
だから、机に向かって集中して何かに取り組むことを大切にしています。
メニューを定期的に変えたり、季節限定メニューを増やしたりすれば、子どもの意欲は更に高まります。
詳しいやり方やメニューについて、ご質問があれば、ぜひコメントいただければと思います。
自学ノートのススメ
ノートでの家庭学習が効果的であると、前回書きました。
しかし、ノートでの自主学習には問題点があります。それは、
「やることが見つからない」
「やることがマンネリになる」
ことです。子ども達は「何を勉強すればいい」か分からないのです。
毎日、夕飯の献立を考えるお母さんは大変じゃないですか?
それと同じことです。
何もないところから、献立を考えるのは、多くの主婦にとって悩みのタネです。
“もし、食材がきまっていたら”
“もし、いくつかのメニューから選べたら”
夕飯はもっと作りやすいのではないでしょうか。
家庭学習も同じように考えてみるとどうでしょうか。そうです!家庭学習にも《選べる》メニューを作るのです。
詳しいメニューは次号で。
大村はま先生の著書より ~宿題について~
国語教育の一人者でおられた大村はま先生が、かつての著書「教室をいきいきと」で、宿題について、次のように書かれています。
『宿題というのは、本来、教室の学習のあとに自然発生的に、たとえば学校でグループ活動をしていて、計画的に従ってみんなどんどんやっているのが遅れたり、遅れなくてももう少し十分にしたいとか、うんといいものにしたいとか、そういうことで、課せられたという気持ちなしに家庭で学習する、そういうのが理想的だと思います。課題された、課せられたといったような感じの宿題は、ほんとうの学習にはならないのではないでしょうか。』
発展的な学習はさせたいが、課せられた学習は避けたいと述べられています。
基礎を定着させる学習は本来学校でやるべきとも書かれています。そして、そのことが落ちこぼれをつくると次のように書かれています。
『それ(宿題)が、ぜひしなければならない基礎的な大事なことだったりしますと、やらない子というのはつまり空白ができ、落ちこぼれていくことになるのではないでしょうか。また、やってきたにしても、どういうやり方をしたかということについてはわかりません。』
形だけやってきたという宿題は力が付かず、かえって落ちこぼれをつくる危険性があるとおっしゃっています。
やはり、家庭での学習は、自発的で主体的に学ぶものでなければ、力は付きづらいのです。